鹿児島地方裁判所 平成4年(ワ)642号 判決
原告
甲野一郎(仮名)(X)
右訴訟代理人弁護士
山下勝彦
被告
鹿児島県(Y1)
右代表者知事
土屋佳照
右訴訟代理人弁護士
松村仲之助
被告
財団法人日本ラグビーフットボール協会(Y2)
右代表者理事
川越藤一郎
右訴訟代理人弁護士
久留達夫
同
佐藤昇
事実及び理由
第二 事案の概要
本件は、鹿児島県立高校のラグビー部に所属し、練習試合中に負傷して後遺障害の残った原告が、被告鹿児島県(以下「被告県」という。)に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、当該試合においてレフリー認定講習を行っていた被告財団法人日本ラグビーフットボール協会(以下「被告協会」という。)に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)及び不法行為(使用者責任)に基づき、逸失利益、慰謝料、弁護士費用について損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 原告(昭和四七年一月一一日生)は、平成元年八月当時、鹿児島県立大口高校の三年生でラグビー部に所属していたものであり(争いがない)、同月五日、同高校グラウンドで行われた鹿児島東高校(以下「東高校」という。)ラグビー部との練習試合(以下「本件試合」という。)に右プロップとして参加したが、右試合中の午後五時二五分ころ、モールが形成された後に倒れて首付近を負傷し、第四頸椎脱臼、頸椎損傷、脳梗塞の障害を負った(以下「本件事故」という。)被告県との間においては争いがなく、被告協会との間においては、練習試合にプロップとして参加したこと、頸椎損傷の障害を負ったことは争いがなく、その余の事実については、〔証拠略〕によりこれを認める。)。
2 被告県は、大口高校の設置者であり(争いがない)、被告協会は、ラグビーフットボールの普及振興等を目的とし、その目的達成のためにラグビーフットボールの普及発展に関する企画及び指導、ラグビーフットボール規則の制定並びにその実施等の事業を行う団体であり(〔証拠略〕)、右試合をレフリー認定講習会のB級昇格のための実技試験に用いていた(〔証拠略〕)。
3 原告は、平成元年八月五日以来入院しており、平成三年二月二八日症状固定となり、両上肢及び両下肢がほとんど麻痺する後遺症が残り、日常生活には介護を要する状態である(被告県との間においては争いがなく、被告協会との間においては、〔証拠略〕によりこれを認める。)。
二 争点
1 原告の主張
(一) 被告県に対する主張
(1) 被告県は、県立高校を設置しこれに生徒を入学せしめることにより、教育法規に従い生徒に対し施設等を供与し、教論をして所定の教育を施す義務を負い、他方生徒は、被告県に対し、授業料を支払う義務を負い、県立高校において教育を受けるという関係にあるのであるから、生徒と被告県は、特別な社会的接触の関係に入ったというべきであり、被告県は、右関係に基づき、信義則上、学校教育の場において、生徒に対し、その生命、身体、健康についての安全配慮義務を負うものと解すべきである。
(2) ラグビーは、格闘技、競争技、球技を総合した激烈なスポーツであるから、高校生のラグビー部部活動の指導にあたる者としては、右安全配慮義務の内容として、事故防止対策のため、相手方チームの技能、体力を十分に把握し、相手チームと自分のチームとの間に技能、体力の点で格段の差があるような場合は試合を取りやめる義務、レフリーに対し、安全に十分配慮するよう申し入れ、特に危険が感じられた場合に早めに笛を吹いて試合を止める等の対策を求める義務、体調が十分でない生徒を試合に出さないようにする義務、試合に生徒を出場させる場合に保護者の承認を受ける義務がある。
(3) しかしながら、大口高校ラグビー部の監督として指導にあたっていた同校の高須八郎教論は、右各義務に違反し、本件試合において、大口高校のチームがまだ体力も技術力も十分でない一年生数名や部員でもない者を含み、技能、体力において東高校のチームが格段に優越していた事実があったにもかかわらず、大口高校のチームを東高校のチームと対戦させたものであり、レフリーに対し、安全に十分配慮するよう申し入れたり、特に危険が感じられた場合に早めに笛を吹いて試合を止める等の対策を求めることをしなかったものであり、原告は三年生ではあったが、過去に意識障害を起こし、頸部捻挫で高須自ら治療を勧めるなど体調が良くなかった事実があったにもかかわらず、原告を本件試合に出場させたものであり、本件試合に生徒を出場させるについて保護者の承認を受けていなかったものである。
被告県の履行補助者である高須の右安全配慮義務違反により、本件事故が発生した。
(4) 本件事故により、原告は、逸失利益五五七九万八四九五円、慰謝料三〇〇〇万円、弁護士費四八四九万円の合計九四二八万八四九五円の損害を被った。
(5) したがって、原告は、被告県に対し、債務不履行に基づき、第一請求記載の金員の支払を求める。
(二) 被告協会に対する主張
(1) 被告協会は、レフリーを指導監督しており、レフリーにA、B、C、Dの等級を認定してそのライセンスを与えており、各チームは審判者としてのレフリーのライセンスを信頼して審判を依頼するので、被告協会は、その事業のためにレフリーを使用するものであり、レフリーが第三者に加えた損害につき民法七一五条に基づき損害賠償責任を負う。
被告協会は、レフリーの指導認定を業務目的の一環としているところ、本件試合は、レフリーの認定講習会を兼ねていたものであり、被告協会が各チームに対し、受講者に各二五分ずつレフリーを担当させてほしい旨依頼し、その承認を得ていたものであり、被告協会の管理下に行われたものであるから、被告協会は、信義則上安全配慮義務を負っていたものであり、レフリーに安全配慮義務違反があれば、被告協会も債務不履行に基づく損害賠償義務を負う。
(2) レフリーは、高校生の試合においては、原告のような傷害を負う事故が多発している現状から、両チームの技能の程度や、入学して間もない一年生が何人いるか、どのポジションにいるか等についてあらかじめ双方の監督から話を聞いて試合の進行の参考にし、体力的、技術的に未熟な者が多いことから現に危険なプレーが行われまたは察知された場合に、試合を中断させるために笛を吹く義務を、安全配慮義務の内容として負っている。
(3) 本件事故は、本件試合中、モールが形成され、イーブンボールの状態となり、そこへ東高校の重量フォワードが押し込み、それに押されてモールが五メートルほど移動し、その間大口高校の一年生のフォワードが、押されて持ち上げられ、その後モールが崩れ、右一年生を後ろから押さえていた原告は足を上にして仰向けに倒され、両足を上にしてえびぞりのようになり、押しつぶされたものである。
レフリーは、遅くとも大口高校のフォワードが持ち上げられた時点で危険を十分予想できたのであるから、試合中断のため笛を吹くべきだったが、笛を吹かなかったものであり、右義務に違反し、そのため本件事故が発生した。
(4) 本件事故により、原告は、二1(一)(4)のとおりの損害を負ったので、不法行為(民法七一五条)及び債務不履行に基づき、第一請求記載の金員の支払を求める。
2 原告の主張に対する被告県の認否
原告の主張(一)(1)の事実は認める。同(2)の事実のうち、ラグビーが、格闘技、競争技、球技を総合した激烈なスポーツであるから、高校生のラグビー部部活動の指導にあたる者としては、右安全配慮義務の内容として、事故防止対策のため、相手方チームの技能、体力を十分に把握し、相手チームと自分のチームとの間に技能、体力の点で格段の差があるような場合は試合を取り止める義務、体調が十分でない生徒を試合に出さないようにする義務があることは認め、その余は否認する。同(3)の事実のうち、本件試合において大口高校のチームに一年生三名が含まれていたことは認め、その余は否認する。同(4)の事実は否認し、同(5)は争う。
3 原告の主張に対する被告協会の認否
原告の主張(二)(1)の事実のうち、被告協会がレフリーにA、B、C、Dの等級を認定していることは認め、その余は否認する。同(2)、(3)の事実は否認する。同(4)の事実のうち原告が二1(一)(4)のとおりの損害を負ったことは否認し、その余は争う。
第三 争点に対する判断
一 被告県に対する請求について
1 原告と被告県との間においては、原告の主張(一)(1)の事実は争いがなく、同(2)のうち、ラグビーが、格闘技、競争技、球技を総合した激烈なスポーツであるから、高校生のラグビー部部活動の指導にあたる者としては、右安全配慮義務の内容として、事故防止対策のため、相手方チームの技能、体力を十分に把握し、相手チームと自分のチームとの間に技能、体力の点で格段の差があるような場合は試合を取りやめる義務、体調が十分でない生徒を試合に出さないようにする義務があること、同(3)の事実うち、本件試合において大口高校のチームに一年生三名が含まれていたことは争いがなく、本件試合での経過、事故発生状況の概要等については、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
(一) 鹿児島県下の高校ラグビー部の練習試合は、適宜部監督により組まれていたが、夏季の合宿は、鹿児島県高体連の専門委員会が合宿の申込みを受けて日程を決めていた。従前は、大口市内が合宿所に選ばれて県下の高校六ないし八校が集まっていたが、近年は、宮之城町付近で行われることも多くなっていた。
(二) 大口高校ラグビー部は、部員総数約二五名であり、対外試合にも出場し、中位以上の成績を収め、昭和六三年度は、第四一回全九州高校大会鹿児島県予選でも準優勝し、全九州高校新人大会にも出場するなどしていたが、平成元年四月末ころに二年生の有力部員五名が退部し、やや戦力低下の状況にあった。
同部の監督であった高須は、平成元年度は、夏に宮之城町で合宿する予定を立てていたが、同年七月初めころ、加治木工業高校から東高校とともに練習試合の申込みを受け、合宿前の同年八月五日に大口高校において三高校合同の練習試合を行うことになった。
(三) 被告協会は、前記のとおりレフリーの指導認定を業務目的の一環としており、九州内では、主として大口市内での練習試合についてレフリーの認定講習会を兼ねて実施してきていたが、右三校の合同練習試合についても同認定講習会とすることを希望し、これが容れられ、結局、同練習試合のレフリーは、九州ラグビー協会に属し、上級ライセンスを希望する受験者が務めることになり、本件試合は、ラグビー歴約八年で、宮崎県ラグビー協会から推薦され、B級を受験する川越が務めることになった。
(四) 本件試合当日は、参加校三校による合計六試合が予定され、試合は二五分ハーフで行われ、レフリーは、同時間ずつを担当した。
本件事故は、ラインアウトの後、東高校の陣地の一〇メートルラインの中程で、双方合計七、八名から一〇名ほどのプレイヤーによりモールが形成され、原告が大口高校側のモールの前から二列目に入ったが、大口高校側が東高校側に押され、モールが少し動き、原告の前にいた大口高校のプレイヤーの体が持ち上げられるような状態になったところ、モールが崩れ、原告は前方から押されてしりもちをつき、勢い余って足が上がり、マット運動の後転のようになり、首が自分の体の下にあるうちに、原告の上に何人かが乗りかかり、生じたものである。レフリーの川越が笛を鳴らしたのは、モールが崩れた時点であった。
〔証拠略〕の中には、モールが五メートルくらい動いた旨の供述があるが、証人長野、同中村、同高須、同川越は、そのようなことはなかった旨供述しており、また、証人中村、原告本人によれば、モールが五メートルも動くことはそれほど多くないことが認められるので、右モールの動いた距離についての証人名島らの証言部分等は採用することができない。また、証人中村は、原告が倒れる態様について、右肩と側頭部を下にするようにして斜め前に倒れたと供述するが、そのように倒れたとすると、原告のような頸部の負傷が生じるとは考えにくいので、右供述は信用できない。
2 まず、高校生のラグビー部部活動の指導にあたる者に、レフリーに対し、安全に十分配慮するよう申し入れ、特に危険が感じられた場合に早めに笛を吹いて試合を止める等の対策を求める義務があるかについて検討する。
原告の主張する右義務の内容が、レフリーに対し、安全のために既に競技規則で定められた行為を履行するよう求めることを内容とするのか、それとも、競技規則で定められた事項の他に具体的な安全のための措置を講じるよう求めることを内容とするのか必ずしも明らかでない。しかし、前者であるとした場合は、本件のような対外的な練習試合をする以上、競技規則に基づいて行われるべきことは当然の前提であり、監督に殊更そのことをレフリーに確認する義務を負わせる根拠はないというべきであり、また、後者であるとした場合も、本件試合は例年行われる夏季の高校ラグビー部の合同練習試合の一環であり、その技量等は関係者の知悉していたところとみられるから、全くの初心者らの練習試合として特に競技規則と異なる安全のための措置を講ずべきであったとはいえない。
もともと、後述のとおり、レフリーは、競技規則の判定者であり、競技規則を変更または省略せず適用しなければならず、競技規則に基づく範囲で安全を確保する責務を負うものであり、たとえ安全のためであっても、競技規則を超えた措置をとることはできないのであるから、監督がレフリーに対して競技規則の他に安全のための措置をとるように求める義務を負う根拠もないといわなければならない。
したがって、いずれにしても、監督の高須には、原告主張のような義務はなかったというべきである。
原告は、試合に生徒を出場させる場合に保護者の承認を受ける義務があると主張するが、本件試合は、大口高校における練習試合であり、部活動の一環として保護者らにおいて十分出場等も予測し得るものである上、〔証拠略〕によれば、高須は、合同練習とその後の合宿等の計画を立案し、各部員の合宿参加についての保護者の承諾書を徴すべく、これらのスケジュールを記載した平成元年七月一九日付け書面を部員に配布していたことが認められるから、部員の保護者らは、本件練習試合のことも知り、試合出場があることも承諾していたと認めるのが相当であり、この点の原告の主張は採用することができない。
3 次に、原告は、本件試合において、大口高校のチームが、まだ体力も技術力も十分でない一年生数名及び部員以外の者を含み、負傷者も多かったため、技能、体力において東高校のチームが格段に優越しており、これらの体力等の差が本件事故発生の一因である旨の主張をするので、これらの点について検討する。
(一) 一年生が本件試合に三名出場していたことは、原告と被告県との間で争いがなく、〔証拠略〕によれば、名島は、入学以来バレーボール部に所属していたが、退部し、未だラグビー部への入部届出の手続はしていなかったが、平成元年七月初めころから同部の練習に参加していたこと、本件試合まで練習試合にも出場したことはなく、高須監督の指示により本件試合に出場していたことが認められる(証人高須は、一年生の寿が左ロックとして出場していた旨の証言をし、証人長野は一応これに副う証言をするが、同証人らの出場していた選手名の記憶は必ずしも明確ではなく、夕方の試合に出場し、その際に本件事故が生じたとの証人名島の証言は、これを否定する理由に乏しく、一年生は交互に出場し、本件試合には名島が出場していたと認めるのが相当である。)。
しかし、〔証拠略〕によれば、四月に入学した一年生も、技能体力に優れていた者は五月ころから公式試合に出ていたことが認められ、本件事故のあった八月までには、相当の練習や試合経験を積む機会のあったことが推認され、証人名島によれば、名島は身長体重共にラグビー部員の中でも首位にあり、中学生のころからバレーボール部員として活躍し、ラグビー部でも短期ではあるが厳しい練習を受けたことが認められるから、これらの一年生が出場していたことのみでは、大口高校チームが格段に劣っていたとはいえない。そして、〔証拠略〕によれば、本件試合当時、大口高校チームの中心となるべき選手に、故障のため出場できない者もいたことが認められるが、同チームのキャプテンであった証人長野によれば、同チームは、バックスのメンバーには若干弱い点があったものの、フォワードはだいたい強いメンバーで組むことができていたことが認められ、〔証拠略〕によれば、同チームは、東高校チームに比べて、フォワードの体重では劣っていたものの、総合的な技術では劣ってはおらず、本件試合も、大口高校チームが一方的に押されていたわけではないことが認められる。これらの事実に、前記のとおり戦力が低下したとはいえ、大口高校ラグビー部は、前年度は県下でも上位の成績を残していたことを併せ考えると、同高校チームが東高校チームに比べて格段に劣っていたという事実はなかったというのが相当であり、右事実を前提とする原告の主張は、採用できない。
(二) さらに、名島の出場と本件事故発生の因果関係の有無について検討しても、本件事故の態様の概略は、前記認定のとおりであるところ、証人名島は、本件事故直前に東高校とのモールに加わったが、位置は原告の前であり、東高校選手に押されて浮いたところ、後ろから支えきれなくなった原告が後向きに倒れ、さらに倒れた状態で五メートル位引きずられて本件事故が起きた旨の証言をするが、五メートル位動いた旨の証言部分が採用することができないことは前記のとおりであり、また、原告との位置関係は、原告本人の供述とは食い違いがある上、同証人は、高須監督からは原告の後ろについて行けと指示された旨の証言をしていること及び初めてのプレーで夢中であったはずであり、各選手の位置等を明確に記憶しているとは言い難いことに照らすと、同証人の事故発生の具体的な態様について証言する部分は、これを採用することができないものである。
しかして、本件事故は、前記のとおり、各チームが一団となってのモール中に生じたものであり、原告本人の供述も、結局は東高校に押し負けて、いわばめくり上げられて崩れたことにより生じたというのであるから、選手の技術の未熟等が明らかな原因で生じた事故とはいえず、この点の原告の主張も採用することができない。
(三) 本件試合当時、原告の体調が、過去に意識傷害や頸部捻挫を起こしたことにより良くなかった事実があったかについて検討する。〔証拠略〕によれば、昭和六三年一〇月八日または九日、平成元年二月八日に、原告が試合中頭を打つなどし、記憶を失ったことが認められ、〔証拠略〕によれば、原告は、昭和六三年四月一日に右膝部捻挫、右肩部捻挫、同年八月九日に腰部捻挫、右大腿部挫傷、同年一二月二日に背部挫傷を負ったことが認められる。しかし、乙イ六によれば、原告は、これらの負傷の後である平成元年五月以降九州ラグビーフットボール協会等主催の公式戦に少なくとも六回は出場していることが認められ、また、本件試合の前に原告が監督等に体調の不調を訴えたことを裏付ける証拠もないから、本件試合当時原告の体調が良くなかったとはいえず、右事実を前提とする原告の主張は、その前提を欠き、採用できない。
4 以上によれば、原告が被告県に対する請求の根拠とする義務、義務違反の事実はいずれも認めることができないので、原告の被告県に対する請求は理由がない。
二 被告協会に対する請求について
1 原告と被告協会との間においては、原告の主張(二)(1)の事実のうち、被告協会がレフリーにA、B、C、Dの等級を認定していることは争いがない。
2 原告は、被告協会は、レフリーを指導監督しており、レフリーにA、B、C、Dの等級を認定してそのライセンスを与えており、各チームは審判者としてのレフリーのライセンスを信頼して審判を依頼するので、被告協会は、その事業のためにレフリーを使用するものであり、レフリーが第三者に加えた損害につき民法七一五条に基づき、また本件試合が被告協会の管理下に行われたものであるから信義則上負っていた安全配慮義務違反に基づき損害賠償責任を負う旨を主張する。
たしかに、被告協会はレフリーにA、B、C、Dの等級を認定しており、〔証拠略〕によれば、同監督らは、B級レフリー講習会の受講者がすでにC級を取得しており、その技能が高いことから本件試合に右講習会を兼ねることを容認していたことがうかがわれ、その意味で、被告協会の認定等級を信頼していたともいうことができる。
しかしながら、これらの点を措き、仮に、レフリーの安全配慮義務違反により被告協会が使用者責任、債務不履行責任を負うとしても、次に述べるとおり、本件においては、レフリーに安全配慮義務違反の事実は認められない。
(一) まず、原告は、安全配慮義務の一内容として、レフリーは、高校生の試合においては、原告のような傷害を負う事故が多発している現状から、両チームの技能の程度や、入学して間もない一年生が何人いるか、どのポジションにいるか等についてあらかじめ双方の監督から話を聞いて試合の進行の参考にしなければならない旨を主張する。
しかし、〔証拠略〕によれば、競技規則の中には、ゲームの進行のための基本的な枠組みを定めた規定の他、安全のための規定も多数あり、高校生の安全を図るために高専・高校以下のための特別競技規則もあり、また、レフリーはすべての試合において競技規則を変更または省略せず、公平に適用しなければならないとされている(競技規則六条A(3))ので、レフリーは、競技規則を公平に適用することによってプレイヤーの安全を図る責務を負うものであり、安全のためであるといっても、両チームの技能の程度や、入学して間もない一年生が何人いるか、どのポジションにいるか等についてあらかじめ双方の監督から話を聞いて試合の進行の参考にする等の、競技規則の公平な適用という点から離れた措置をとる義務はないというべきである。もちろん、競技規則を遵守していても、競技中危険の生じることはあるが、ラグビーは、そもそも、競技遂行の課程でプレイヤーが相互に激しく接触することを前提とするものであり、競技自体の特質として、ある程度の危険性を含むものであり、競技をする以上、競技規則の許容する範囲で危険を生じるのはやむを得ないところである。また、試合前に監督と打ち合わせをすることは、レフリーは試合の前に、いずれのチームに対しても指示、忠告を与えてはならない(競技規則六条A(4))という規則に反する可能性もある。したがって、この点の原告の主張は採用できない。
(二) また、原告は、レフリーは、危険なプレーが現に行われ、または察知された場合には、危険を防ぐべく試合中断のため早めに笛を吹く義務があり、本件においては、遅くとも大口高校のフォワードが持ち上げられた時点で危険を十分予想できたのであるから試合中断のため笛を吹くべきであったが、レフリーは右義務に違反して笛を吹かなかったと主張する。
ところで、乙ロ三(競技規則六条A(6)、注意事項)によれば、レフリーは、一定の場合以外は笛を吹いて試合を停止してはならない旨定められているので、競技規則に従うときには、レフリーが笛を吹いて試合を停止する義務があったか否かは、競技規則により笛を吹いて試合を停止すべきであるとされたときに該当するか否かにより決定されることとなる。競技規則で笛を吹いて試合を停止すべきであるとされる場合のうち、本件に関係すると解されるのは、「スクラムを命じるとき」(同注意事項(ⅶ)(a))及び「スクラムがくずれた場合、その他プレーの続行を危険と認めたとき」(同(j))であるので、原告の主張する「大口高校のフォワードが持ち上げちれた時点」が、右のいずれかに該当するかについて検討することとなる。
(1) 「スクラムを命じるとき」に当たるか。
乙ロ三によれば、競技規則では、モールが形成された場合において、「スクラムを命ずべきとき」とは、モールの中のボールがプレーできない状態になったときであるとされ(競技規則二二条(4))、「レフリーはスクラムを命ずる前に、ボールがモールから出るのに適当な時間の余裕を見なければならない。特にいずれかのチームが前進している場合には大切である。ボールが直ちにモールから出ないと判断した場合は、ボールの奪いあいを長く認めることなく、スクラムを命ずる。」(競技規則二二条(4)注意事項(i))、「モールの中のプレイヤーが、地面に片膝または両膝をついたり、地面に腰を下した場合を含めて、地面に倒れた場合には、直ちにボールがプレー継続可能な状態とならない限りスクラムを命ずる。」(競技規則二二条(4)注意事項(ii))と定められているが、証人川越によれば、右諸規定の趣旨は、いずれのチームがモールからボールを出すか(モールからボールを出したチームが、ボールを支配することになる。)は、試合の流れにとって重要であるので、モールが形成された場合は、いずれのチームがボールを出すか、ある程度の時間をおいて見極める必要があり、ボールがモールから出ないことが明らかになった場合は試合を停止してスクラムを組み、また、プレイヤーが倒れたときは、そのときにボールがモールから出てプレーの継続が可能でない限り、試合を停止してスクラムを組むという趣旨であることが認められる。そこで、本件について検討するに、事故発生直前の試合状況等は前記認定のとおりであり、〔証拠略〕によれば、モールが形成されてからくずれるまではわずかの時間であり、その間だけでは、ボールがモールから出ないことが明らかかどうか判断できなかったと認められるので、原告の主張する「大口高校のフォワードが持ち上げられたとき」は、ボールがモールから出ないことが明らかになった場合には該当しないと考えられる。そして、前記認定のとおり、川越が笛を吹いたのは、モールがくずれて間もなくであったが、これは、「プレイヤーが地面に倒れたとき」として、「スクラムを命ずべきとき」に該当したものと考えられる。
(2) 「スクラムがくずれた場合、その他プレーの続行を危険と認めたとき」に当たるか。
次に、「スクラムがくずれた場合、その他プレーの続行を危険と認めたとき」に該当するかについて検討する。右にいう「その他プレーの続行を危険と認めたとき」とは、スクラムがくずれた場合に匹敵するような、大きな危険性が認められる場合を指すものと解されるところ、単に持ち上がったというだけでは、右の程度に危険であったとはいえず、かなりの高さまで持ち上げられたとか、持ち上げられた状態がある程度継続していた等の事情が認められる場合に、右の程度の危険性が生じる可能性があると解される。しかし、本件においては、前記認定のとおり、原告の前のプレイヤーが持ち上げられたことが認められるが、どの程度の高さに持ち上げられたか、持ち上げられた状態が継続していたか等のプレー続行の危険性を基礎づける事情が明らかに存在したとまで認めるに十分な証拠はなく(前記のとおり、モールが五メートル動いたことは、これを認めるに足りる証拠がない。)、その後のモールのくずれから本件事故発生までは連続した殆ど一瞬の出来事であったということができる。
したがって、原告の主張する「大口高校のフォワードが持ち上げられた時点」は、「その他プレーの続行を危険と認めたとき」に該当したとはいえず、むしろ、川越が笛を吹いた時点は、モールがくずれた時点であり、この時点がスクラムがくずれたときと同視しうるものということもでき、右の「その他プレーの続行を危険と認めたとき」に該当するというべきである。
以上によれば、本件において、競技規則に従う限り、レフリーであった川越には、大口高校のフォワードが持ち上げられた時点で笛を吹く義務はなく、同人の笛は、適切な時期に吹かれたものと認められ、また、競技規則を離れて、大口高校のフォワードが持ち上げられた時点で笛を吹く義務があったと認めることもできないので、原告の前記主張は採用することができない。
3 以上によれば、被告協会に対する請求も理由がない。
三 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 檜皮高弘 中平健)